人類は肉を食べる必要があるのか

子供のころ、肉ばかり食べていると怒られた覚えがある。「肉ばっか食べないで野菜を食べなさい」と、大人たちはなぜか野菜推しだった。

そのせいか肉は子供っぽくて不健康というイメージがあり、野菜は健康的で、自然で、大人、そんなイメージがあるのだが、これは理にかなっているのだろうか?

他の霊長類を参考に、ヒトの最適な食事を考える。

チンパンジーやオランウータンなど霊長類はおおむね雑食で、果実、葉や茎、肉、昆虫、魚、穀物などなんでも食べるとされている。とはいえ多くの霊長類はもっぱら果実に依存しており、おつまみ程度に葉や茎、昆虫を食べる者が多いようだ。

肉を頻繁に食べる種は少なく、積極的に狩りをするのはぶっちぎりでヒト、次いでチンパンジーとされている。ゴリラにいたっては肉食を一切せず果実と葉や茎ばかり食べており、植物由来のマッチョ、平和的パーフェクトボディとなっている。まぁ昆虫や糞は食べるが。

余談だがゴリラがバナナ好きというのは偏見であり、野生のゴリラはバナナを食べない、というかゴリラの生息域にスーパーで売っているようなバナナはない。現在はヒトによって伝搬されゴリラの生息域であるアフリカでもバナナが栽培されているが、それをゴリラが食べるとしたら果実よりもむしろ茎や若葉を好んで――いかん、ゴリラの話になると夢中になってしまうのは私のわるい癖だ。ゴリラの話はまたの機会にしよう。

さて、日本に生息するヒトについて考える。日本のヒトは穀物が極度に多く昆虫が極度に少ない。また、肉と魚がやや多く果実と葉や茎がやや少ない。これは霊長類としてなかなか不自然に思える。

ヒトが一般的な霊長類の食生活をしたらどうなるか、我が身をもって実験してみた。肉、魚、穀物を一切食べず、果実と野菜だけで生きてみる。なお、昆虫は精神的な事情で触ることもできないため誠に遺憾ながら断念する。

手始めにバナナ、キャベツ、ニンジン、タマネギを生で貪る。安かったのだ。

スムージーなる銀座のオフィスのメスのヒトめいたことはせず、切って洗って塩を振るのみとした。野生動物の塩分摂取は土を舐めるなどだが、そこは2019年を生きるヒト。山より高いプライドが許さず、食卓塩という文明を用いて妥協する。

いくつかの妥協があるとはいえ、その様は食事というよりは餌、動物園のそれである。

しかしこれこそ霊長類の自然な食事と思われ、精神の荒廃こそ感じるが身体はきっと喜んでいるはずだ。身体が軽くなったりするのだろうか、それとも野性的な気質になったりするのだろうか、気長に経過観察しようかと思いきや、変化はわずか三日で訪れた。

倒れました。安易にやらない方がいいですまじで。

夏場にやったのが間違いだったのか、身体が「なにか足りない」と騒いでいる。私はもともと米をほとんど食べず肉と野菜ばかり食べているので、原因は肉を抜いたことしかない。それにしても三日で倒れる貧弱さはいかがなものか、この身体は文明が滅んだら三日で死ぬつもりなのか。

賢そうなヒトが「ヒトに肉は不要である」なんて言っていた覚えがある。

栄養学の深い知識なんてないから情報不足を理由に信じていたけれど、事実として私は倒れた。豆やら根菜やら緻密にバランスをとれば健康的なのかもしれないが、野生動物はそんなことしなくたってサラリーマンより元気だ。計算し尽くされた菜食主義は不自然に思えてならない。

ヒトは知恵を使って大型哺乳類を狩ることができる稀有な生物だ。ヒトが住み着いた地では、マンモスやオオナマケモノといった大型哺乳類がことごとく絶滅したといわれるほどである。

ヒトは他の霊長類より肉食を行う機会が格段に多かったはずであり、その過程で肉食よりの雑食に進化したのかもしれない。知らんけど。

ヒトに肉が必須なのかなんてわからないが、私は肉を食べることにしよう。

私は雑食だ。二度と「草食男子」って呼ぶなよ。


矢野ヒロタ /1988年生まれ。プログラマー、会社員。仕事で培ったWebやスマホアプリの技術を発信すると見せかけてもっぱら妄想を綴っています。よしなに。