「優しいのね」
君があの夜、ほら、吐いた息が白くて、月だけが大きく輝いて、耳を塞ぎたくなるほど静かな、まるで世界に二人ぼっちみたいだったあの夜、そう、最高にクソったれなB級映画にあてられて、無言でシガレットキスしたあの夜、僕に言ったよね。
「弱いだけだよ」
って返したっけ。僕は君を救えない。
君のことは救えないけど、生姜焼きは作れる。キャベツなんか添えてさ。
生姜焼きを食べるとき、私は生きている。誰かが言っていた。
生きることは食べることだ。食べることは殺すことだ。
今日もいくつかの死をスーパーで買った。豚と玉ねぎ。100g98円の死と、たぶん無農薬じゃない死。
私の生姜焼きは、細切れ肉と玉ねぎを一気に炒めあげる。一枚ずつなんて焼きあげない、豚と玉ねぎの乱痴気騒ぎ。それが私Style。イエー。
方角も気にせず、豚の亡骸をまな板に寝かせた。せめてもの手向けは、生姜と醤油の死化粧。ファンデーションに小麦粉を添えた。
玉ねぎを切りながら、ふと、植物はどこからが死なんだろうと考えた。誰かが引っこ抜いて、誰かが茎と根を取り、私が切り刻んで、私が焼く。玉ねぎを殺したのは誰だ? わからないから私が殺したことにしよう。
私は玉ねぎを切り殺した。私は玉ねぎを焼き殺す。
油を敷いたフライパン、100℃を超えるテフロン加工はさながら閻魔だ。換気扇がゴウンゴウンと唸る。豚と玉ねぎの亡骸を地獄の業火へ。なんと無力な生命体か。
ジューッ。
命が弾ける。キラキラと舞い、降り注ぐ。台所に命がこびりつく。いわゆる油。
話は逸れますが、激落ちくんの電解水ってすごいですね。激落ちくんの電解水をシュッシュして激落ちくんで擦る。激落ちのコンボは、油もヤニもなかったことにしてくれた。あの夜のシガレットキスもなかったことに。『It’s 大嘘憑き』『格好つけて括弧つけたくなるほど激落ちだぜ』
なんの話だっけ。
そうだ、キャベツを買い忘れた話だ。