ビアンカを選んだとて
またフローラを選べなかった。ずいぶんと手垢のついた問題である。そろそろ垢太郎も作れる頃合いだ。
それにしたってビアンカの周到さよ。
「フローラさんと結婚した方がいいに決まってるじゃない」
などと牽制しつつ、
「フローラさんのこと本当に好き?」
「アンディさんってフローラさんを大好きな人よね」
「(アンディを)そんなになるまで看病するなんて。フローラさんって実は――」
言外の圧。空気を読め、という空気。
「あら○○、なんだか大変なことになっちゃったわね。でも悩むことないわ。フローラさんと結婚した方がいいに決まってるじゃない。私のことなら心配しないで、今までだって1人でやってきたんだもの」
なんという白々しさ、暴力的なまでの「待ち」の姿勢。
「まぁ○○、こんな私でいいの? フローラさんみたいに女らしくないのに」
こちとら「はい/いいえ」しか言葉を持たぬ木偶である。「はい」と答えれば「あらなによ、私は女らしくないっていうの?」だ。ふざけるな好きだ。無理だ、ビアンカを選ばないなんて私には無理だ。なぜだ? なぜ私はこんなにもビアンカを特別視するのだ?
――思い出。
考えてみればフローラにはないビアンカの特別さなんてそれしかないわけで、この愛はもっぱらレヌール城の思い出に依存していることになる。
他者への好意、その源泉は顔でも性格でもなく、ましてや財産でもイオナズンでもないようだ。愛とは「過去の実績を鑑みた未来への期待」に他ならず、「この前は楽しかったから次もきっと楽しいだろう」の積み重ねということなのだろう。
そしてビアンカは、それをわかっている。愛の源泉を理解し、利用し、操るのだ。十年の奴隷生活で思い出の乏しい私を。
ビアンカと再会する少し前、計ったようにキラーパンサーが仲間にもどる。それもビアンカのリボンでだ。どう考えたって仕込まれているでしょう、あの殺し屋はビアンカに飼いならされている。
滝の洞窟でもビアンカはしきりに「懐かしいね」と口ずさみ、思い出から目を逸らすことを巧みに阻んでくる。強制的懐かしみ、もはやなぜそこまでしてくれるのかが疑問になってくるがこの女まさか、私の血筋を、グランバニア王位継承権のことを知っているのでは……?
あぁ、私は何十回生まれ変わろうとも、きっとビアンカを選ぶのだろう。これが結婚というものか。
そんなことを飲み屋でボヤいていたところ「ビアンカ選んでる暇あったら婚活しろよ」とありがたいお言葉を頂いた。
正論だ、ビアンカを選ぼうがフローラを選ぼうが、結婚はできない。