HIROTA YANO
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ブラック自炊

日ごと春めいてまいりましたななんつってキッチンでまな板と談笑していたところ鍋が襲ってきた。鍋はいきり立った様子で蓋をガタガタと震わせている。鍋は言った。

「いい加減にしろ何連勤だ。吹きこぼしてガスを充満させるぞ!」

声を荒げる鍋の取っ手には、お玉が握られていた。突きつけられたお玉に怯えた私は、言われるがまま鍋を戸棚の奥へとしまう。こうして鍋は長期休暇に入った。困ったものだ。

考えてみれば私の自炊は、自炊とは名ばかりの雑な汁物ばかりだった。日々鍋を酷使し、まともな休暇など与えていない。労働基準法もなんのその、ブラック自炊ここに極まれり。鍋がストライキを起こすのも無理からぬこと。

とはいえ私は雑な汁物しか作れない。ぶつ切りの野菜と鶏肉を水に放り込み、塩をふって火にくべるだけ。土器の時代から伝わるホモ・サピエンス伝統の料理、我が家のクックパッドにはそれしか載っていないのである。仕方がないので21世紀の冷凍食品でも食そうと数週間ぶりに冷凍庫を開けてみる。

無が押し寄せてきた。

キンキンに冷えた無。冷凍庫いっぱいに広がっている。なるほど月々の電気代は、無を冷やすために消えていたわけか。私は冷凍庫の扉をソッと閉め、誰にともなく「おつかれ」と呟き、ベランダから冷蔵庫を放り投げた。